ペットショップイフのおはなし③

ばじふゆ+とらが仲良くペットショップやってるおはなし。

ある日の様子③

 いつもなら気にしないことでも、数分に一度同じ行動をされると気になる物だ。
 今回がまさにそれで、意識してから三回目の一虎の溜息で千冬は思わず声を掛けた。

「はぁ……」
「ため息なんて吐いてどうしたんですか? 珍しい」

 話掛けた瞬間に、もしかしたら疲れたアピールだったかもしれないと思いついて、聞かなくても良かったかなと千冬は一瞬思った。うっかりするとこき使い過ぎだとかなんとか言われかねないだろう。
 なんて覚悟にもならない覚悟をした千冬だったけれど、どうやら溜息の理由は忙しさとかではない様子。

「まるでオレが悩み無縁で生きてるみたいな言い方だな」
「さすがにそれは思ったことないですし、アンタの前科考えると悩みと共にしか生きてなかったですね、珍しいはさすがに適当言いました」
「オマエ、喧嘩売ってる?」

 良く分からないが一虎なりに何かに悩んでいるらしいけれど、憂い顔で溜息なんて彼に似合うようで似合わないと思ったから落ち着かなかったのだ。だからつい気になってしまった。それもあって茶化すように言ってみせたのだけれど、どうやら上手いように反応してくれたらしい。
 そして反応はもう一か所からも。

「今喧嘩っつった?」
「な、なんでもないです!」

 丁度奥にいた場地が二人の会話を聞きつけてやってきた。もうかつてのようにすぐに手が出たりなんてしない彼だけれど、血の気が多いのは性格的に変わらないこと。そんな場地さんがカッケェです、なんていつもなら口にしている千冬だけれど、さすがに何か喧嘩が起きたとそわそわされてしまっても困ると思って。わざとらしく手を振ってみせた。それに、場地は千冬と一虎が言い合いしているのがなぜか好きらしくて、いつの間にかじっと眺められていることもしばしばあるから。

「そ、それで? 溜息なんて吐いてどうしたんですか」

 紛らわせるように話を元に戻す。少しやりすぎな戻し方だったかと一瞬過ったけれど、一虎はその問いかけに少し悩むような顔をしている。それからぽつりとつぶやいた。

「……リンゴ、オレにだけなつかない」
「……あァ」
「……その事ですか」
「んだよその反応! オマエら酷くねえ!? オレ結構ちゃんと悩んでるんだけど!」

 少し間は空いたものの、先に反応したのは場地の方だった。
 リンゴというのは、現在新しい家族のお迎えを待っている柴犬。XJランドではお迎えを待っている犬猫たちにショップ内での綽名を付けることにしているのだ。そのリンゴが来てからずっと、一虎にだけなつかないのは三人の共通認識だった。

「一虎君が気にするの、意外でした」
「悪ィ一虎、オレも千冬と同じ意見だワ」
「オマエらって人の心ねぇの?」
「一虎君には言われたくねェ……」
「千冬ぅ、聞こえてんぞ」
「すいません、場地さん」
「謝る相手間違ってるからな」

 これは完全に悪ノリのスイッチが入ってしまったと一虎は再度ため息を吐こう……としてやめた。またろくなことを言われないだろう。

「まあ、犬にも相性ありますし。たまたまリンゴは一虎君が好きじゃなかったってだけじゃないんですか? 前も似たことあったじゃないですか」

 至極当然のことを至極当然という顔で言う千冬。そんなことは正直一虎にだってよくわかっていた。この店の中にいる三人では一虎が一番動物との相性が大きいと思っている。逆にどんな動物でも手名付けるのは言わずもがなの場地。千冬は猫との相性は基本的に良いけれど、犬はたまに合わないことがあるらしい。
 繰り返すが、そんなことは、わかっているのだ。千冬の言う通りこれまで餌を手から食べてくれないとか、話しかけても聞こえていないような反応をされるとか、その程度だったらあった。まだ動物の扱いがわからなかったときは特にそうだった。でも今回は少し違うのだ。

「……さっき、子ども、ビビらしちまった」
「あー、奥で聞こえてた。めちゃくちゃ吠えてたな」
「オレ外出てた時ですか?」
「おー。表出るかと思ったけどオレも手ェ離せなかったからさ」

 一虎曰く、子連れの来客があったらしい。その時ちょうどケースを掃除しようとした一虎に反応した芝犬がずっとキャンキャン吠えていて、子どもが怖がってしまったという話。親の方が動物好きらしく事情をわかってくれたのでクレーム等にならず助かったけれど。

「え、それって……」

 子ども泣かせて凹んでいたのかと、脳内で思ったそれはさすがに言わなかった。まるで馬鹿にしているかのような捉え方をされてしまうだろうなと瞬時に判断したから。正確には、自分が犬に苦手と思われていることに凹んでいるのではなくて、それを理由で子どもを怖がらせてしまったことに対して凹んでいる一虎が何だかいいなと思ったわけなのだけれど。
 一虎がちらっとリンゴのいるケースを見る。困り顔で、ちょっと心配そうな表情。こいつお迎えしてくれる家族、大丈夫かなあとでも思っているような、そんな表情。もしそんなことを本当に口にして、過去の一虎を知っている人たちが耳にしたら驚かれてしまうのではないだろうか。……いや、驚いてくれたらいい方で、お前丸くなったなあ! なんてからかわれている未来しか見えない、なんて思ってしまったのは秘密だ。

「丸くなったじゃねえか一虎ァ!」
「うるせー! ……だってお前らが、子ども来たときは動物好きになってもらえるようにしろって、言ってるから」

  ペットショップは子連れの来店も多い。中にはこれが犬猫との初めての接点になる子だっている。元々ペットを飼っていた千冬と動物好きの場地は、そんな子どもたちに動物への興味を持ってもらえればと常々言っているのだった。

「そんなこと思ってたんですか」
「悪いかよ」
「店長的にはめちゃくちゃいい従業員だなと思いますよ。友人としては驚きすぎてますけど」
「ハハ、それはオレも思ったワ。……リンゴ~、オマエのせいで一虎凹んでンぞ~」
「うわ! オレが抱っこしようとしたらぜってえ逃げんのに! ムカつく、なんで場地には吠えねえんだ!」
「多分そういうところなんだと思いますけど……」

 話ながら噂の人物もとい犬のケースを開けると、場地は話題沸騰中の柴犬を抱えた。そのまま一虎の近くまで戻ってくる。彼の腕の中で大人しくしているのを見て、向こうのポメラニアンの方が騒がしいなと思うのだった。

「めちゃくちゃ静かじゃん。オレだとキャンキャン言われんのに」
「場地さんは誰でも何でも好かれますから!」
「おー、まァ、オマエが一番だけど」
「あ、あざス……」
「うわ……ここで急にやんな。千冬も照れてんじゃねえ……」

 程々に公私はわきまえている場地と千冬だけれど、不意に恋人同士のやりとりを始めることがあって一虎的には少々気まずい時があるようだ。主に場地が無意識で千冬へ今のような甘い言葉を口にするので、防ぎようがないのだけれど。
 一虎はそんな気を紛らわせるように、場地の腕の中で大人しくしているリンゴへそっと手を伸ばした。今なら撫でるくらいはできるのではないだろうか。

「ワン!」
「あー! ホントオマエ何!?」
「わ、びっくりした」

 早速の前言撤回。残念ながら、これでもだめらしい。もう一度だけ手を伸ばしているけれど、また吠えらえてしまうのだろう。
 もしかしたらリンゴは一虎の反応が面白くて遊んでいるのかもしれない、不意にそんなことを思った千冬だったけれど、言わずにもう少し様子を見てみようかなといたずら心が浮かんできて、こっそり笑うのだった。

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