碧色の瞳に瑠璃を重ねて【七章】

 場地さんのお仲間たちに会う機会はさっそく訪れた。

『今度仲間たちとバイクで出かけるんだけど、来ねえ?』

『いいんですか?』

『海の方まで走ろって話してる。予定合うなら行こうぜ』

『楽しそうですね! お言葉に甘えて行きたいです!』

『多分タケミチも来るだろうし、言っとく』

『お誘い嬉しいです!』

『行く日決まったらまた連絡する』

『楽しみにしてます!』

 最後に送られてきたスタンプ、オレのペケが「りょうかい!」って言ってる。場地さんが気に入ってくれて、欲しいって言ってくれたから、プレゼントしたヤツなんだ。

 今回もまた、メッセージのやり取りをする中で出かける予定が決まった。しかも、予定に混ぜてもらえるなんて。オレは嬉しくて、今のメッセージ現実だったよな? なんて思いながらもう一度読み返した。オレ、いつもビックリマークばっかりだなって、一人可笑しい気持ちになった。正式名称はビックリマークじゃなくてエクスクラメーションマーク、だっけ。そんなどうでもいいことを思い出す。でもさ、場地さんからメッセージが来ると嬉しくて、気持ちは常にハイテンションだからつい「!」ばっかりになってしまう、って言い訳をしておこう。

彼とのメッセージはすっかり日常生活の一部になっていて、やり取りしているうちにあっという間に数時間経ってた、なんてこともよくある。

オレと違って場地さんは社会人だから仕事もある。つまり忙しいはずだから無理して返さないでほしいと伝えたこともあるけれど、それは心配しなくてもいいって言ってた。だから今はそのつもりでいることにしてる。

 まあ、仕事中の時間帯は当然返ってこないし、おはようもおやすみも基本的にないままずっと話が続いてるって感じだから、心配する方が失礼だったのかな、と思い始めている近頃なのだけれど。

 そして。

今日がそのバイクで出かける日だった。

「オウ場地」

「よ」

 今日もわざわざオレの家の近く……というか、団地の手前まで迎えに来てくれた場地さん。すっかり慣れたGSX250Eの後ろへ乗せてもらって、集合場所へ向かった。

乗ること約十五分、到着先にいたのは彼の仲間たち。事前にどんな人たちがいるんですかと聞いたけれど、オモシレエ奴ら、と返って来ただけでそれ以上はあんまり語られなかった。多分もったいぶったとかじゃなくて、それが場地さんににとっての仲間なんだろうなって、そう思うことにしたんだ。

多くを語らないってカッケエな。場地さんと出会って数か月だけど、彼のそんな姿勢がオレは結構好きだ。

そして今、一人目のご友人と対面してるところ。

「ドラケン、こいつが千冬」

「タケミっちと同じ大学なんだって? オレは龍宮寺堅。みんなからはドラケンって呼ばれてる」

「松野千冬っス。初めまして」

 柄にもなく緊張していたものだから、声が震えてなかったか少し心配になった。

「場地から新しいダチ連れてくって聞いた時は驚いたけど、タケミっちのダチだったってすげえよな。あ、オレ羽宮一虎。よろしく」

 ドラケン君も一虎君も見える位置にデカい入れ墨が入ってて、ちょっぴりドキドキした。場地さんとはまたタイプが違う感じだ。共通して言えるのは、喧嘩めちゃくちゃ強そうってこと。だけど威圧感とかは全くなくて、どっちかというと親しみやすそうな感じの二人。

 そう思っていたら、今度は後ろから声を掛けられてオレは振り向いた。場地さんが三ツ谷、と口にしたのが聞こえた。手を上げている人が目に入る。その後ろにもう一人。

「千冬、初めまして。オレは三ツ谷隆。そんでこっちが柴八戒っていう。八戒はタケミっちと同い年だよ。……って言っても人多いから一気には覚えらんねえよな」

「オレが八戒。多分同い年だよね? よろしくな!」

 八戒の第一印象は、いいな、身長分けて欲しいってところ。百七十センチを数センチ超えたくらいのオレにはあまりにも羨ましすぎる高身長。オレより十センチ近く背の高い場地さんよりもさらに上背がある。ドラケン君も大きいけど、八戒はすらっとしてるから余計にそう感じるのかもしれないな。

あとはやけに顔立ちがいいな、なあんて思ってたら、場地さんが先にネタバラシをしてくれた。

「コイツ、モデルやってんの」

「へえ!」

「まだ駆け出しだけどね」

「この前もなんかの雑誌に使われてたじゃん」

「え、場地見たんだ。意外。よかったな八戒」

「構図とか参考になるし」

「なるほどね」

 そのやりとりを横で聞いて、ああなるほど、この前人撮る練習したいって言ってたけど、知り合いにプロがいるんじゃ確かに頼みにくいよなあ、なんて勝手に納得。

 それにしても、場地さんが仲間たちのことを面白いと言っていたのが何となくわかる。なんて言ったらいいんだろう、すごく、個性的……って感じ。勿論いい意味で。オレのこれまでの交友関係にはない感覚で、率直にいいなって思った。

「いまさ、千冬に写真手伝ってもらってんの」

「この前の投稿見たぜ。そうか、あのモデルオマエだったんだな」

「ハイ、モデル……かどうかは良く分かんねえっス。あんなんでいいのかなって感じっスけどね」

「そう? オレは結構いいと思ったな」

「お、やったじゃん。三ツ谷はさ、ファッションデザインやってるからその辺言ってることは間違いねえぜ」

「種類が違うからあんまアテにはなんねえけどな」

三ツ谷君がからりと笑って、場地さんも同じく明るい表情だ。

 場地さんから最初に聞いていたのは暴走族時代からの友人ってことだったから、ここまでの会話が全くそんな感じがなくってちょっと拍子抜けしているところだったりする。

 そんなオレの思考なんて誰も読めないだろうけど、話の流れは丁度、近しい内容になった。

「あれ、マイキーは?」

「まだ来てねぇな。あ、マイキーってのはオレらの総長」

「本当に族やってたんスね」

「まーな、若かったわ」

「いーじゃないっスか。今でもこうして仲が繋がってるって、羨ましいくらいっス」

「へー、やけにいいヤツ拾ってきたじゃん」

「だろ」

「うわ、なんか照れますね」

 ちなみにこのあと、当時暴走族であった時の名が東京卍會と知ることになる。オレは先日彼のスマホに入ってたステッカーの卍マークを思い出した。残念ながらチームについては知らなかったけど、一時期は東京を制覇してたって言うんだから結構でかめの暴走族だったのかなって思ったりした。……と言っても正直、かつては名を轟かせていた暴走族チームの元幹部が目の前にいるなんて、言われたってピンと来てないのが正直なところだけど。

形だけ不良やってたくせに、オレって本当に暴走族に関心がなかったんだなあ……って、場地さんには少し申し訳ない気持ちだ。

 だって見た目はちょっと強面な人達に見えなくもないけど、やっぱり怖い感じとかないし。まあ、今はみんなカタギって言ってたから、当時とはちょっと違うんだろうけど。

「場地、マイキー今日は来れねエってさ。今連絡来た」

「……わーった」

 総長つっても、解散してるし元、な、と続ける場地さん。

巨大暴走族の元総長って言ったらどんな人なんだろうか。ドラケン君や一虎君みたいにデカいタトゥーとか入ってんのかな、なんてどうでもいいことが少し気になったりしたけど、まあまた今度の機会、というやつだ。

「そうなんスね、じゃあ今度またなんかの時にお会い出来たら!」

「ドラケン、タケミっちなら来た」

「遅れてすいません!」

 そこで、三ツ谷君が耳慣れた人物の名を口にした。その次に、今度は耳慣れた声そのものが聞こえてくる。そちらのほうに視線を向けると、相棒がバイクを降りて小走りにやってきたのが見えた。

 バイクを降りてきた、ってことは乗って来たってことだよな。

「え、タケミっちバイク乗れるんだ」

「あ、千冬じゃん。おはよう」

「はよ」

「お前らマジで知り合いだったんだな」

「ハハ、オレも今ここに千冬いるの不思議な気持ちです」

 今まで喧嘩とか得意じゃなさそうって思ってたのに、こうやって乗ってきたの見ると相棒ちゃんと不良やってたんだ、って不思議な気持ちになった。いいな、単車乗れるの。カッコいいじゃん。

「んじゃ、向かうか」

「タケミっち、事故んなよー」

「や、やめてくださいよ! マイキー君から朝イチで、今日オレパスってメッセージ来てたオレの気持ちになってください!」

「まあたまにはそのバブも乗ってやった方がいいしさ。丁度良かったってことで」

 どうやらタケミっちは、ウワサの元総長の後ろに乗るつもりだったらしい。そんな予定が今朝急遽変更。慌てて自分の単車に乗って来たんだってさ。

 そんな相棒の焦りの言葉を耳に入れながら、オレは先送りにしてたバイクの免許を近々取りに教習所へ通おうと誓った。だって、みんな楽しそうだから。オレも自分で乗ってみたいなって思ったんだ。単純かもしれないけど、こういうのは勢いが大事じゃん?

昔の自分だったら無免許で乗ろうとか考えてそうだけど、さすがに今はもう、そういうわけにもいかねえし。……今度場地さんに、相談してみようかな

「千冬ぅ、乗った?」

「ウス!」

 ヘルメットを被り直して、場地さんの呼びかけに答える。

彼は発車する瞬間にグリップをぎゅっと握るから、かすかにその音が聞こえてくる。それを耳にする瞬間が、オレのひそかな楽しみになっている。

 さて、目指すは春の海だ!


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