碧色の瞳に瑠璃を重ねて【五章】

(うわあ、カッケエ)
 さっきから何回同じこと思ったんだろう。
 山のどこかから湧き水が溢れ出てくるみたいに、同じ言葉がずっと出てきて、止まらない。
 カメラを構えてる場地さんは、想像以上だった。なんでこの人、何しても様になるんだろうな。
 アレだ、この前見に行った美術館にあった芸術作品みたいゲージュツ的に見える、ってちょっと大げさすぎたかな。
 集中の邪魔しちゃいけないと思って後ろからそっと見ていても、その表情が真剣なんだろうなってことはわかる。一枚撮ってはちょっと覗き込むようにしてデータを確認するその仕草まで、何もかもがあまりにも形になっていて、目の保養ってやつ。
 オレは相当、場地さんヘずぶずぶになっていた。
(あ、またやってる)
 太陽から背を向けて、自分を日陰にしてモニターを覗き込んでいる。
 今日天気がいいから、画面の上に手を翳さないと見えにくいんだろうな。自分だってスマホの画面をマックスの明るさにしてやっと見えてるところ。
 繰り返しになってしまうけど、やっぱり場地さんはすごかった。
 それは別に、写真を撮ってるからってだけじゃない。
 カメラに集中してしまうかも、と言っていたけれど、そんなことは一切なかった。それどころか、ガイドまでしてくれて至れり尽くせりと言ったところ。正直オレのほうが得をしている。動物好きのショップ勤務って言ってたけど、とにかく持ってる知識が半端じゃなくて、ものすごく勉強になった。
こういうのなんて言うんだっけ、歩く辞典的な?
 カンガルーって名前がオーストラリアのアボリジニの言葉で「わからない」という意味であることや、ミーアキャットがその見た目に反して「砂漠のギャング」なんて呼ばれてること、とか。ちなみに、アボリジニっていう名称に関しては分からないっていうからちょっと笑った。オレだって先住民族って知ってんのに。そういうところにギャップを感じて、カッケエし、ちょっとかわいいところもあるのが場地さんの魅力なんだって思ってる。
 そんな知識をサラッと教えてくれるから、ずっと飽きることがない。檻の前にも説明書きがあるけど、それよりもっと面白い話を教えてくれるから、まるで動物園ツアーに来ている気分です。
 さて、現在の場所はシマウマのブース前。
 縞模様は、個体によって少しずつ柄が違うんだってさ。写真と共に名前が書かれていたから、誰が誰だ、と見ていたところで満足できる写真を撮れたらしい場地さんがオレのほうを向いた。
 ちなみに、振り向いた瞬間の場地さんを奇跡的にスマホで撮れたオレは、こっそりこれをホーム画面にすると誓ったりしている。
「なー、千冬ぅ」
「なんスか?」
「ちょっとそこ立ってみてくんね?」
「え?」
「オレ人撮るのはあんま慣れてないんだけどサ。写真撮ってやるよ」
 記念写真。そう言いながら場地さんは持っていたカメラを左右に振る。カメラにあんまり馴染みのないオレは、そんな風に扱って大丈夫なのかって思ったけど、まあ場地さんが気にしてないから大丈夫なんだろう。
「いいんスか? じゃ、お言葉に甘えて」
「おー。……あ、もうちょいそっち立って」
「これでいいっスか?」
 場地さんが指差しているところに、この辺かなって二、三歩動いてみる。彼が首を縦に振ったのが見えたので、これでいいんだと解釈した。
「ん。撮るぞー、はいチーズ」
 場地さんの掛け声に合わせて俺はピースサインをする。さっきから何度も耳にして、すっかり馴染んできたシャッター音がピピ、カシャリと鳴る。最初のピピ、って音はピントを合わせる音なんだって。
 さて、画面をチェックした場地さんはオレに向かって親指をぐっと立てた。
 合格サインだって思って、何故かほっと息をついた。
「いー感じじゃん」
「へへ。あざっス。……場地さんも撮ります? 俺スマホしか使えねえけど」
「や、オレ写るのはセンモンガイ」
「ええっ!? オレだって別に得意って訳じゃないっスからね!?」
 本音としては、オレが場地さんの写真を撮りたいのだ。だってさっきから後ろ姿ばっかり。まあ、勝手に撮ってたんだけどさ。
 それを必死で説明し、本人に理解してもらって、スマホで一枚場地さんが正面を向いてくれてる写真を撮ることができた。笑顔が眩しいや。
 やっぱりホーム画面にするの、さっきの写真じゃなくて、こっちにしようかな。
 ロック画面がペケで、ホーム画面が場地さん。どっちもオレの推し。いいかも。
 さて、撮った写真を見て、思わず感想が零れた。
「オレのセンスでも映えるのずるくないっスか」
「そオ? よくわかんねーケド。こっちもけっこーイイ感じだけどな。ホラ」
 場地さんはオレに、カメラのモニターの方を向けて今撮ったばかりの写真を見せてくれた。ああ、こんな風に見えてたんだって納得する。
 自分を影にして覗き込まないと見えにくかったから……それを言い訳に、少しだけ彼へ近づいたのが心を跳ねさせる。
 スマホも同じなんだけどやっぱり明るい日差しの下では少し画面が暗くて、と俺の心の中で、ちょっとした弁解だ。
 それを誤魔化すように、ふと思いついたことを口にした。
「なんか、校外学習思い出しました」
「あー、懐かしいワ」
「アレいつだったかな、多分小学生……てことは十年前位!?」
「そうだよなあ。オレも小坊くらいン時に学校で動物見に来たワ」
 あの頃は、カメラが近づいてくるのが嬉しくて、積極的にピースサインをしたっけ。そんなガキの時代があったな。あの写真まだ家にあるんだろうか。そもそも買ったのかどうかも、あんまり記憶にないけど。ちょっと気になった。
「場地さん、場地さん」
「ん?」
「ピース!」
「ハハ、いいねそれ」
 話のついでという事にして、オレは場地さんにダブルピースを向けてみた。せっかくだしちょっとガキの頃っぽくしてみようって思ってさ。あれだ、童心に帰る、みたな? 
 そんなオレのお遊びに場地さんも乗ってくれるらしく、にやりと笑った口元から八重歯が覗く。
「ばっちり撮ってくださいね」
「おー、上等上等」
 すぐに写真を見せてもらうと、めちゃくちゃ楽しそうなオレ……より、シマウマにピントが合っていたから、笑った。

 気が付いたら、とっくに昼を回っててびっくりした。腹が減ったな、って急に意識してしまったら二人揃って我慢できなくなって。場地さんオレ腹減りました、って言ったらオレも今同じこと言おうと思ってたって返って来たところ。
園内を一通り巡ったという事で、近くのラーメン屋に向かった。何が食べたい? ってことで近くを検索したら、評価高そうな店が引っかかったから。ラーメン好き? って聞かれて、勿論って返したら口がそれになっちまったから簡単に決まった。
オレは塩ラーメン、場地さんはチャーシュー麺を注文して待ってるのが今。
「イイ感じの写真撮れましたか?」
「今日明るくて光がどーなってるかって感じだけど、今んトコロは良さそう。ほら、これとかよくね?」
「大迫力っすね!」
 丁度孔雀が羽を広げた瞬間の写真だった。場地さんがカメラを向けた瞬間にファサって開いたもんだからびっくりしたな。その時に教えてくれたのは、孔雀の雄が羽を広げるのは繁殖期の春から夏にかけてだけなんだって。オス孔雀の前を丁度メスが通ったから、それで見れたんだろうってさ。確かに春先だし、見れて良かったって言ってた。
「へい、チャーシュー麺と塩ラーメンお待ち!」
「あざっス」
 丁度そこで、ラーメンを持って店員が来た。たまたま評価が目に付いて入った店だったけど、ボリュームもあって美味そうだ。
 箸を取って手を合わせる。いただきますって言って、まずは一口。
 ……その前に、カメラを横に置いて、長い髪を結ぶ我が推しの姿を目に焼き付けてから。髪結んだ場地さん、似合うな。
「んめえ!」
「美味いっスね。あっさりしてていい感じっス」
「塩も気になってたんだよなー」
「良ければ一口食べます?」
「いいの? 千冬もこっち食う?」
「いいスか」  
 どんぶりを交換してチャーシュー麺も一口貰うことにする。
そこでオレは、あっと思った。大したことじゃないんだけど、忘れてたなって。
「あ、食っちまった」
「ん?」
「や、せっかくだし食う前に写真撮っとけばよかったなって思って」
「あー、忘れてたワ。どっかに上げるん?」
「んー、ダチに見せるとかっスかね? SNSとかはあんまやんないんで。でも後で見返したいじゃないっスか。それ用にっていつも思っても忘れるんスよね」
 いつも食ったあとに思い出すんだよな。今日もすっかり忘れていた。別に写真撮ってどうにかするわけじゃないけど、思い出として残しておきたいじゃん? ていう感じ。ま、SNS自体は一応アカウントも持ってるけど、見る事ばっかりで上げることはあんまりないんだよな。
「塩も美味いな」
「あざッした、チャーシューの旨味出てて、美味かったっス」
 交換してたどんぶりを戻しながら今話してたことに続きについて考えていたら、場地さんがそうだ、と何かを思い出した様子。
「オレはSNSやってんだけどさ、この写真載せてもいい?」
 一旦箸を置いた場地さんは、断りを入れながらカメラを再び手に取った。
 そう言ってみせてくれたのは、ゾウのエリア前で撮った写真だった。といっても、オレはそれを撮られたって知らなかったんだけど。だって、丁度向こうを見ていて後ろ姿の時に撮られていたようだから。
 別に載せられて困るような事は何もないから、正直に答える。
「はい。全然気にしないっス。何ならほかの写真とかでも全然問題ないっスよ」
 単純に、自分からは発信することが少ないってだけだ。
「サンキュ」
「それにしても、その写真、見てます! って感じでいいっスね!」
「おー、オレも気に入ったワ。いつもは動物と風景しか上げねえんだけど、コレ人撮った中では過去イチ上手く撮れた気がしたから」
「お役に立って光栄っス! モデルが良かったんスかね?」
「ふは、チョーシいいヤツ」
「冗談っスよ。ンなのカメラマンの腕に決まってんじゃん」
 そんな風に答えてるオレは、この時まだ場地さんがフォロワー万越えの写真アカウントを所持してるなんて知らなかったんだけど。
「な、もう一口そっち食いたい」
「塩の方が良かったっスか?」
「んーん。そーじゃなくて、なんか半分コみたいでよくねえ?」
「いいっスね!」
 本当に場地さんといると飽きない。
 今日も良い一日だ。

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