碧色の瞳に瑠璃を重ねて【二章】

「あー、終わったー」

 建物から出て、周りに誰もいないのをいいことにもう一回独り言。

 ひとまず課題に必要な資料は集め終わった。と、思う。

それで時間を見たら、入って一時間とちょっとくらいだった。これからどうしようかと考えたけれど、今日のバイトは夜。支度をするため家に戻るとしても、時間は十分にある。

(暇だけど……相棒は彼女さんとデートっつってたっけ )

友人に今暇かって連絡をしても良かったけれど、やめた。そういえば一昨日あたりに連絡した時、今日は付き合っている彼女とデートなのだと嬉しそうに話してくれたのを思い出したから。邪魔をしてしまうのは、友人ではなくて彼女のほうに悪いだろうと考えて、これは案から外すことにする。他に当てがないとなると、一人で時間を持て余すことになる。こういう時に友人が少ないことを自覚するけど、まあそれはいいとして。……あと、オレに彼女は、いない。

(あれ、そういえばこっち)

 あんまりこの辺には来ないし散歩でもしてみるかと、とりあえず駅に向かって歩いていこうとしたら、ふと他の施設が目に入った。

(動物園とかいつぶりだ)

 生き物は苦手じゃない。むしろ好きな方だ。

 せっかくだしここで暇をつぶそう、決まるまでには早かった。

 十年は来てない気がする。恐らく小学生ぶり。懐かしい、そんな感情で立ち入った動物園は、思っていたよりも時間を潰すことができた。むしろ後ろに予定があるのに入ってしまったのを後悔しているところで、今度またゆっくり来てみようかな、なんて考えてみたり。

(こんだけ長居したら、ペケに嫌がられるかな?)

 兄弟と思って可愛がっている愛猫、ペケJのことが頭の中に過る。

もしかしたら、他の動物の匂いがしたら威嚇されてしまうかな、なんて。今更心配してみたり。まあ、いずれにしても帰宅したらすぐシャワーと決めているから、どうにかなるかもしれないけれど。ちなみにペケJと名付けたのは、当時気になっていたバイクの名前だから。っていっても当時はまだ小学生だったけど。そういえば、ヤンキー時代のあるオレだけれど、上下関係ってやつが嫌いで先輩ってヤツもいなかったから、結局バイクは手に入らなかったな。

手先が器用なやつなら自分で壊れてるの組み立てたりもするって聞いたことがあったけど、それよりは黒猫(ペケJ)と戯れてるほうが楽しいってことになったのがオレだ。中学に上がってからも憧れはあったけれど、単車(ペケJ )については眺めているばかりだった、っていうのは余談だ。

響きがカッケエ、って理由で名前になったのは、最初エクスカリバーって付けたら母親に反対されたからだったっけ。懐かしいな。

 そんなオレが今止まっているのはペケと同じネコ科の動物、虎のケージの前。

ついさっきはチーターを見て速そう、なんて月並みの感想を抱いたところだっただけれど、虎も強そう、という感想だ。ま、フィーリングの方がいいじゃん? ペケはもちろんカワイイ分類なので、おんなじ猫でもやっぱいろいろあるんだよなって新鮮な気持ちになる。

いや、同じじゃねえか……?

 もう一度ケージの中を見ると、虎は休憩タイムなのか座っているようだ。

(あとでペケに見せてやろ)

 チーターの写真も撮っておけば良かったな、とか思いつつ、オレはスマートフォンを取り出すと写真を一枚。さっきまで他の動物の匂いを気にするかもしれないなんて考えていたのはどこへやら、今は出掛先について話す気満々なのだった。まあ、あいつも今日の散歩ルートとか話してくれるし。オレもすげえのがいたぜ、って教えてやりたいからね。

オレ達は仲良しだから、お互いのことが良く分かるんだ。

ケージの方に目を向けると、その外には撮影OKの看板。フラッシュは禁止と書かれているから気を付けて、一枚撮る。家に動物がいるとこういう事は確認がとても大事とよく知っている。

カシャリというシャッター音が響いたけれど、虎はスペースの奥の方にいるおかげか、全然気にした様子はない。拡大してなんとか撮ることができた。

 すぐにそれを確認をすると、残念ながらそっぽを向いているみたいだ。せっかくだったらこっちを見てくれたところを撮りたいな、なあんて欲が出る。寝ているわけではなさそうだし、正面を見てくれないだろうか。

「なあ、こっち向いてよ」

 無視。

ペケとならコミュニケーション取れるけど、流石に虎は分からないな。

「なかなかこっち見てくれないな……待つしかないか。あれ、なんか飛んできた……ストール?」

 ちょっと粘ってみたのだけれど、残念ながら撮られる気分じゃないらしい。それなら無理して待つ必要もないかと切り替えて、他の動物を見に行こうと思ったその時だった。

 少し離れたところから、一枚の布が飛んできた。

ケージの前に手すりがあるけれど、その中に落ちたら取るのが大変だろうから、キャッチできてよかった。

 さてこれをどうしたものかと思っていたのだけれど。

 振り向いた先から一人の男性が走ってきて、オレのほうへ向かってくる。ああ、この人のモノかと一人納得した。案の定そのようで、彼はオレに話しかけてきた。

「それ、オレの!」

 この人随分とイケメンだな、っていうのが第一印象。初対面の人の顔を見て何を考えてるんだろうかという感じだけれど、事実だから許して欲しい。アーモンド色の瞳、通った鼻筋。長い黒髪が風に揺れる。きっと女性にもモテるんだろうな、ってくらい美丈夫だった。美丈夫って言葉が合ってるのかどうかは、知らないけど。

「ワリイ、風で飛んじまったんだ。取ってくれてありがとうな」

「いや、取れてよかったっス」

 あ、笑うと八重歯。クールかと思ったらちょっとチャーミングも追加。

 オレは彼にストールを返す。受け取ってもらうのは当然の事なのだけれど、なんとなく、これだけで終わってしまうのは寂しいなと、思ったりした。

 するとそんなオレの考えていることが読めたのか、そうじゃないのかよくわからないけど、彼はそのままオレに話し続ける。

 その視線は、オレが見てたケージの中。

「虎見てんの?」

「あ、ハイ」

「コイツ、いつもだいたいサボってんだよなー。動いてる時は迫力あンだけど」

「そうなんスね。……よく来るんスか?」

「うん。動物好きでさ。年に何回か来てる。……あ、急に話しかけてわりィ、誰かと一緒とかだった?」

「いや、一人っス。ちょっと隣の美術館に大学の課題で用事があったんすけど、この後のバイトまでに時間開いちゃって、時間潰そうかなって」

 イケメンだなって思った次の印象。話の弾む人だなって思った。その彼のペースに乗せられて、なぜかここへ来た詳細まで話していたと気づいたのは、家に帰った後だったりする。それくらい、話をするのが楽しかったんだ。

 さて、オレが大学の課題と言ったことに、彼はこんな反応を返してきた。

「え、大学生? ワリぃな、コーコー生かと思ったワ……」

 どうやら、最初からフレンドリーな口調だったのはオレが高校生で自分よりもうんと年下だと思ったからだったらしい、というのも後で知ったこと。オレは童顔ってやつらしくて、昔からよくあったから年齢より年下に見られることはわりと慣れてる。男としては正直またかぁー、って思う事もある。そういうあるあるから、舐められないようにこの色の髪を貫いてるところだって。でも、この人相手にはそんなマイナスの感情が一切湧かなかった。むしろ若く見えたからフランクに話してくれたのかもしれない、ってだけでもプラスだ。もし敬語とかで話しかけられてたらどんな風に思ったんだろう?

こうやって気軽な感じで話してくれた明るい感じがオレにとってとても好印象に映ったのかもしれない

「ハハ、高校生だったらこの髪色アウトっすよ。ま、まだ一年なんで、よく高校生か言われます……」

 高校どころか、小学生からこの色だけど、この際それは気にしたら負けだ。

「ハハ、オレの周り自由なやつ多くてサ。そんなこと考えたことなかったワ! 大学なー、オレ高卒だから夢の世界。一年ってことは……ギリ十代?」

「今、十九っス。春から二年に進級します。……ぶっちゃけFランなんで、全然夢じゃないっスよ。とりあえず行っとけーって言われた感じっスね」

 全然大したことないです、という事をなんとなく伝えておきたかった。普段不真面目っていうのもあるけど、この人になんか、気取った感じにしたくなかったんだ。ほら、オレは、大学デビューとかができるようなタイプじゃなかったし、なんなら落とした単位の為に春休み使ってるくらいだし?

「十九ってことはオレの一個下ってコトか。なんか歳近くてうれしーワ」

「そーなんすか。オレも嬉しいっス。てことは、二十歳ってことっスよね。……何してるんスか? 社会人なんですか?」

 高卒、一つ上。知り合いの中にも、高校を卒業後に就職を選択したヤツはいる。やりたいこと見つけて働いてて偉いよなって思ってからもう一年経つんだ。そうやって計算したら、多分この人は今年社会人三年目になるはず。

良く思えばお互い、この短時間でものすごくプライベートなところにまで踏み込んで話をしていた。さっきストールを拾った間柄とはとてもじゃないけど思えないくらい。でも、本当に話してて楽しかったんだ。

彼は、オレの質問攻めみたいな問いかけを気にすることなく教えてくれた。

「ペットショップで働いてる

「へー! すげえや。オレ、猫飼ってるんで今ちょっと親近感湧いちゃってます!」

 自分の身近にも感じられる仕事で、思わず前のめりになっちまった。なんか、あんまりにもキラキラしてる人だからペットショップって聞いてちょっと意外と思ったけれど、多分休日だろう日にわざわざ動物園に来てる人だ。よっぽど動物が好きなんだろうな。なんか見た目とギャップがあっていいなとか、思ったり。

 オレが猫と言ったら、彼の目が大きく開いたのが見えた。

これもあとで知ったことだけど、生き物は何でも好きだけどその中でも特にネコ科の動物が好きって話。

「まじ? 猫いいな! うちフードとかも揃ってるから良かったら来てほしいかも。……あ、つい営業しちまった」

「え、めちゃくちゃ気になるっス。ペケJ……あ。うちの猫、じいちゃんになってめちゃくちゃ食べるのと食べないの選ぶようになって……結局何がいいのかわかんなくて」

「それならおススメある。えーと、ああ、これとか」

 オレの話を聞くなりポケットからささッとスマホを取り出すと、フリックで何かを検索してるようだ。きっとフード名かな、と思ったら案の上で、見せてもらったスマホには猫用フード。その商品名を見て、オレも閃くことがあった。そろそろシニアフードとかの方がいいのかな、でも気に入ってくれんのかな、なんて思ってた時に、SNSか何かで広告が流れてきた記憶。興味は惹かれたけど、今度直接フード買いに行って店員に聞いてからにしようと思ってたんだ。ほら、ネットの広告とかって、たまに嘘のレビューとかがあるっていうし。オレの趣味のモノとか適当に買うならまだいいけど、あいつにはちゃんとした美味しいものを食べさせてあげたかったから。

 どうやらペットショップ店員から見ても、評価が高いらしい。これは嬉しい情報。

「あ、噂は聞いたことありました! 助かります」

「オマエいい飼い主だな! ペケJも嬉しいんじゃねえの。……あ、オレ達、名前も聞いてなかったナ。なんか、オマエと話すの楽しくてサ」

「嬉しいっス。丁度オレもそんなところ思ってたところでした。オレ、松野千冬って言います。良かったら名前で覚えてください。仲間もみんなそうなんで」

 名前で呼ばれやすいのは事実だったけど、なんとなくこの人には苗字の松野じゃなくて千冬って呼ばれたかった。

「千冬な。オレ、場地圭介。そーだな、苗字で呼ばれる方が多いワ」

「場地さん」

「なんかいいね、ソレ。千冬はまだ時間あったりする? どっかでコーヒーでも飲みながらもう少し話さねえ?」

「いいっすね! 喜んで! オレは……あと一時間くらいなら時間あります」

「ちょーどいいじゃん。じゃ、行こうぜ」

 よく来ると言っていたし、きっと土地勘もあるんだろうな。勝手にそう思って、付いていくことに決める。

 思わないところで、話の合う友人ができた気分だった。

 ――これがオレと、場地さんの出会い。

 運命に出会ったその日だ。


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