そしていつか、答え合わせを共に 本編追加①

 乗ってきたバイクを慣れた様子で停めると、さっきまで隣を走っていた彼のほうへ急いで駆けて行った。
 東京卍會壱番隊隊長、千冬にとっての唯一無二。その隣に立たせてもらえることの幸せを感じる瞬間の一つがこんな日だ。
 彼の真横、正確には半歩後ろぎみに並んだ千冬は、自身の隊長をそっと伺い見た。今は下ろしているその流れるような黒い長髪を、この後結ぶことがあるだろうかと期待をしつつ、相手も相手だしそこまでではないだろう、今度の時の楽しみに取っておきたいと思う気持ちも半分。
 なぜなら彼がその長い髪を結うのは本気の時と知っているから。
「場地さん」
 考え事なんてしてないで今は目の前のことに集中しなければと思って、千冬は自身の唯一に話しかける。すると彼が視線を向けてくる。
「おー?」
「今日も、勝ちましょうね!」
「たりめーだろ! オレらが負けるわけねえ」
 右手で握り拳を作って、それを左手にぶつける仕草までが格好いいと思った。
 今日は、祭り(ケンカ)だ。
「テメエら、行くぞ!」
良く通る声で隊を鼓舞する彼の姿を見るのが大好きだ。その威勢の良い声を聞いて、自分の中の気持ちを作っていく。
抗争の前、これから始まる宴に目をらんらんと輝かせている場地の姿を見るだけで気分が高揚してくる。体温が一気に上がって、アドレナリンが全身に湧き出てくるような気持ちになるのだ。
今日も絶対に負けねえ、この人がいる限り東卍は、壱番隊は無敵なんだ、その想いで胸がいっぱいになってくる。
「場地さんに続け!」
 千冬も負けじと、声を張った。
今日の舞台である廃工場の中へ、走って行く。
 さあ、戦の始まりだ。
 ――さて、話は数日前に遡る。
「悪倫法数?」
「ああ、原宿拠点にしてる、二個上の世代が頭のチームだよ。二十人いないくらい……もっと少ねえかも」
 季節は冬。
もう数週間でクリスマスが来て、そして年が明ける頃。
世間が師走の候で浮足立つ最中。日に日に寒さが増す中でも暴走族である東卍の構成員達にはそんなこと関係なかった。
寒ぃ、冷てぇなんて言いながらも、特攻服の下に数枚着こむ程度でいる男達。若さゆえもあるし、ちょっとした見栄もあるのだろう。
さて、場所はいつもの神社、その駐車場。
定例会を終えそれぞれが愛機のエンジンを吹かせながら、今日はどこを流してやろうかという総長の判断を待っている。
さあどうするいうところで、先の話題が持ち上がったのだ。
場地と千冬が自分たちの隊員から今さっき聞いたばかりの話だった。それを総長に伝えていたのだ。
暴走族にとって、単車で走ることと同じくらい大切な喧嘩の話。
当然バイクを走らせながら話すでも良かったが、幹部もだいたい集まっているし話は早い方がいいだろうと、このタイミングで報告することにした。
「そいつらがどうしたって?」
「ちょっとずつ渋谷に縄張り広げようって仕掛けてきてるんだと」
「……ふうん」
 東卍の島を荒らそうとしているらしい不届き物の話題に、万次郎の目がじとっと座った。
 どうやら、東卍に入って日の浅い隊員を狙っていちゃもんを付けているという話。場地は隊員から聞いたそのままに、伝える。
 東京卍會は渋谷を拠点にしている大きな暴走族。元は六人だったし、渋谷駅周辺だけがテリトリーだったものが今では百人をゆうに超える規模で、区全体をほぼ制圧しているようなものだ。原宿だって当然、渋谷区の中にある。そこにあるチームが、東卍の縄張りに悪戯を仕掛けているというのだから面白いわけがない。
 この先、さらに拡大をしていく未来を知っている千冬からしたらこの時期の規模なんてまだまだ小さいのだけれど、現時点でも大都市を取り仕切っているわけで、その価値は絶対のものだった。
 さて、不良の世界にだってルールは存在している。領土が欲しければ、力を示せばよいのだ。実力があれば欲しいものは手に入る。それがヤンキーの世界で、とてもシンプルな話のはずだった。
それを、どうやら正攻法ではない方法で破ってこようとしている様子。いわばコソ泥を働かれているようなもの。険しい表情になるのは当然だろう。
 ……というのは建前上で、仕掛けてくるならやってやろうというのが不良というものだ。
売られた喧嘩は買うまでだろう。東京卍會が舐められたままでいいわけがない。
 誰を相手に、何をしているのか。
 それをわからせてあげればよいのだ。
「どーする? マイキー」
 今しがたまで静かに話を聞くだけだった副総長が、意味ありげに含みを持たせて総長へ問いかけた。
これはいつもの流れ。
ボスの最終的な判断なんて予想が付くというもの。だって、総長にとって何よりも大切なのはチームなのだから。
さらにここにいる全員がその予想した通りになることを楽しみにしていて、それを聞きたがっている。だから、副総長が総長に判断を仰ぐシナリオが出来上がる。
次に万次郎からはじき出される回答を確信してか、一足先に口角を上げる場地が目に入った千冬は同じように口元を緩ませた。
万次郎の大きな瞳が、真っ直ぐ場地を向いた。
「場地、任せる」
「わーった。さんきゅ。千冬ぅ、さっき教えてくれたやつと後で調整しといてくんねえ?」
「ウッス」
 場地から頼まれたことへ、千冬は即座に頷き返す。
 奇襲なんて卑怯な手は使わない、という意味だと千冬は理解する。いつも同じことだ。相手はどうやらこの界隈の暗黙の了解さえ分かっていない赤子のようだから、それをわからせてやろうというもの。
喧嘩のやり方も知らない不良かぶれの分際で東卍に手を出そうだなんて百年早いというものだ。
それに相手はさほど名を聞かないチーム。所詮は有象無象で、場地と千冬にとっては簡単に潰せる相手だろうと喧嘩の前から思っていた。ならばお行儀よく、いつ潰しに行くから待っとけと教えてあげて、それくらいのハンデは与えてあげていいだろうという事なのだ。
決して場地がその真意を口にしなくても、千冬にはここまでの考えが見えている。そんなところに、尚更惹かれてしまうのだった。
 壱番隊隊長は、創設時代は特攻を担っていたのだから、彼の率いる隊がどんな相手に喧嘩を売っているかわかってもいない中途半端なチーム相手でどこまで満足できるのか……というのは、謎だけれど。
 さて、壱番隊が任されているのを聞いていた他のメンバーから声が上がる。
「えー、また壱番隊かよー! オレらはあ?」
 文句を言ったのは肆番隊隊長のスマイリーだった。不機嫌です! というのを隠しもしない様子。
不良たちにとって喧嘩は祭りなのだから、出番がないとされたなら当然の反応だろう。
それを聞いた万次郎は、華やかに笑う。彼の反応は、想定出来ていたのだろう。
「ハハ、最後まで聞けって。肆番隊には、赤坂の方を頼みてえんだよ。なあ? ケンチン」
「ああ。オマエらんとこの隊員のカノジョが族に絡まれて危機一髪なんとかなったってやつ。仁斗呂ってやつらが黒ってわかった」
 先日、肆番隊に所属している平隊員の交際相手が、下校途中に男たちに絡まれるという事件が起こった。
すぐ近くを隊員の友人が通りかかって、結局何もなかったのが不幸中の幸いだったのだが、相手は彼女が東卍関係者に関わりがあると知っていてやったのだ。彼女は今も、また同じことが起こるかもしれないと怯えているに違いない。
 不良の世界は不良だけでカタを付ける。いくら暴走族関係者の恋人や家族だからとといって、その人物達を巻き込むのは本来ご法度なのだ。
 その一線を越えてきた相手が判明したのだから、こちらも当然やるほかないだろう。
 話を聞いたスマイリーはさっきまでとは一転、いつもの表情をさらに輝かせた。
「わかった。殺す」
 尤も、口にした言葉は物騒だ。
「威勢がいいのは構わねえけど、やりすぎんなよ。アングリー、スマイリーが暴走したら止めてやれよな」
「うわ、ひでえ」
 堅が弟アングリーへそう言うと、スマイリーは顔に青筋を浮かべ、睨みつける。
勿論、お互いに悪戯の延長戦のような会話ということは分かっているから、最終的にはちぐはぐなシリアス感に堪えられなくなるのだ。二人で顔を見合わせて、次の瞬間には噴き出して笑う。
 そうすると、一同にも笑いが広がるのだった。
「場地も千冬も、助けがいるならいつでも呼べよ」
 弐番隊三ツ谷が、未だ笑いながら意味ありげな視線を場地に向けた。
もし一つの隊でどうにもならなかったら、隣の隊が加勢に入ることもできるのだ。東卍のなかでは大人しいほうに思われがちの三ツ谷だけれど、そこは当然このチームの創設メンバーなもので、喧嘩ができるものなら喜んでというわけだ。
 そんな彼の思惑なんてお見通しなのだろう。場地は、べっと舌を出した。
「バーカ、オレらが全部ノしてやんよ」
「雑魚なんて、場地さんだけで充分っスよ」
 すかさず千冬もそれに乗る。事実として、場地は四十人ほどを相手に喧嘩して勝ったこともあるのだから、何も間違っていない。
「千冬、目座りすぎ」
「事実なんで」
 三ツ谷が笑い半分で千冬へそう言ったが、何を言われたってこれだけは間違いないから、否定する理由がないというものだ。
「よしオマエら、そろそろ行くぞ!」
「ウス!」
 ブオンという高らかな音。
総長のコールは誰にとっても聞きやすい。それに呼応するように、待機していた兵隊たちからも返しが来る。
 これからの喧嘩についての話もひと段落したと、その日の後は走り回ることになったのだった。
 ……というのが、ここまでの概要。
 そして今日がその悪倫法数との喧嘩の日だった。
 抗争場所に選ばれたのは、廃工場。不良の喧嘩ではよくある場所だ。人目に付いて警察を呼ばれたら大変だ。そこで暴れても問題ない場所というと、限られてくる……というのが背景にあるけれど、それは置いておくとして。
予定通りに場地と千冬を先頭とした東京卍會壱番隊がその中へ進んで行く。
(オレ達の勝利は分かってる)
 確実な未来を千冬は知っている。
 なんて言っても仮にこの先のことを知らなかったとしても、負けるはずなんてないのだけれど。
 今の時代、壱番隊は丁度二十人ほどの構成だ。東卍にある五つの隊の中では一番大規模な隊だった。今日の相手と人数的にはほぼ相手と同じくらいの規模。
しかし、不良は数ではない。実力差が圧倒的で、あっという間に勝負が付くことを千冬は当然わかっている。東卍の創設メンバーで、当時の黒龍を潰したのがいい例だろう。
相手のメンツの為に壱番隊を全員連れてきたが、正直その必要もないとみている。
(オレと場地さんでもヤれる気がする)
 二人だからと言って人数的に不利という事は全くないだろう。
 ……とはいえ、祭りに参加している人数は多ければ多いほど楽しいのも事実だ。それに、隊員達にも華を持たせてあげるのが隊長と副隊長の役目なのだから。早く殴りこみたいであろう彼らの気持ちも考えるのだった。
 さて、中へ入り相手チームを認めた場地はひと睨みすると、口を開いた。
「テメエらか、オレらの島荒らしてるやつらは」
「何の話かわかんねえな!」
 返してきた男が総長なのだろう。リーゼントを見せつけるようにしている様子を、千冬はぼんやりと見ていた。
「ウチの隊員が世話ンなったって聞いたけどよお」
「ああ? 雑魚に挨拶教えてやっただけじゃねえかよ」
「誰が雑魚だって? ア?」
「チューボーに言われても怖かねェなあ!」
 ゲラゲラと笑い声がして、頭に血が上った。黙って聞いていたが、場地に対して口答えをしているというだけで千冬が怒るには十分すぎるというもの。
 髄ッと一歩前に出ると、怒鳴りつけてやる。
「オイ、誰に向かって口利いてやがんだテメエ!」
「誰かと思ったら、オマエが壱番隊の副隊長かよ! 今日も隊長のポイント稼ぎ、お疲れっすー」
 思ったよりも弱そうじゃん、こんなのにおだてられてる隊長も大したことないんじゃね? と続く下世話な笑い声に、千冬は自分の中で何かがプチッと行くのに気づいた。こんな喧嘩外の話なんて茶番でしかないけれど、彼を貶めて無事でいられると思うなという感情だ。
「殺す!」
 それが抗争開始の合図だった。
千冬は叫ぶなり悪倫法数の中心に向かって突撃していく。煽りだと分かっていたからこそ、尚更場地を馬鹿にするような言い方をされたことが気に入らない。どうせ倒すならこのまま一気に片付けて問題ないだろう、と一人勝手に決めた。  
この勢いだと、千冬だけで全員ノすことだってできる気がする。いや、実際不可能はないだろう。内心、隊員と場地の出番を奪ってしまうだろうという予感に、すんませんという気持ちだけは抱いたのだけれど、それよりも敵にわからせてあげる方が最優先だ。
かつてもこんな風に煽られて、その勢いで突撃して行って。気づいたら全てが終わっていた気がする。千冬が考えるのはただ一つ、相手チームをバチボコにしてやるということだけ。
「ハハ、元気だなあ、千冬ぅ!」
 場地の笑い声も千冬の勢いを後押しするのだった。
「おーし、テメエら千冬に続いてヤんぞ!」
「ウス!」 
 隊員たちの威勢の良い声と、一人目をぶん殴って地面に転がすのが同時だった。
——そんなわけで、決着はあっという間に付いた。
恐らく、喧嘩が始まってまだ十五分も経っていないが、相手チームで立っている人物は誰もいなかった。完全に意識を飛ばしている男、体力が尽きたのか転がったまま微動だにしない男……。とにかく、千冬達の勝利は誰が見ても一目瞭然。圧倒的な差を見せつけてやった。
壱番隊員の中には、喧嘩し足りなかったのかもう一回こいつら殴る? なんて話している奴もいるような状況だった。
そんなところで、不機嫌を隠そうともしない怒鳴り声が響く。
「場地さんに逆らうなんて百年早ぇんだよ!」
「すんませんしたァ!」
 悪倫法数総長を中心とした男達。場地よりも二世代上という事で、まともに学校へ通っているとしたら高校生の年齢。これから本格的な二次性徴を迎える千冬に比べてガタイもいい男達だが、今は全員パンイチの情けない姿で正座させられていた。
「あ⁉ 聞こえねえなあ⁉」
「すんませんしたアア!」
「もいっぺん土下座しろや!」
「オレらが調子に乗りましたア!」
 未来の東京卍會最高幹部補佐は伊達ではない。
あまりの気迫に、総長たちはべそをかきながら勢いをつけて地面に額を擦り合わせているところだ。こんなんが総長気取りかよ、ダセエなと吐いたらまた泣かれた。あっという間にメンツをつぶされたところで、追い打ちによほど懲りたのだろう。
相手は場地を貶した相手。正直もう一発づつ殴っても問題ないかと思っていたくらいなのだけれど。これ以上はただの弱い者いじめになってしまうから、ぐっとこらえたのだ。
それを見ている壱番隊員からは、千冬君かっけえな! なんて崇拝にも近い声が上がっているのだが、千冬には聞こえていなかった。
「千冬ぅ帰ンぞ、そのあたりにしとけー」
 さて、しばらく睨んでいたところで飛び込んできた声に千冬はぱっと表情を明るくした。今の今までとはあからさまに態度が変わる。
その勢いのまま場地のほうを向くと、彼は廃工場から出て行こうとする様子だった。だから千冬も付いていこうと決める。
「今行きます! テメエら良かったな! 慈悲深い場地さんに感謝しろよ!」
「はい! すんませんしたァ!」
 最後にもう一度、大きな声の謝罪が聞こえてきたけれど。
 その時にはもう、場地の隣に付いていたものだから聞こえなかった。
「場地さん、お疲れ様っス!」
「ダイカツヤクじゃん」
「へへ。ざっす!」
 場地の大きな手が、千冬の髪をちょっと乱暴に撫でる。
 そのままニカっと笑う場地へ、千冬も満面の笑みを返すのだった。

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