黒猫は今宵壱等星の夢を見る⑱

【十八章】


 幸せが長続きするわけないなんて、そんなことは初めから分かっていたはずなのに。
 終わると分かっていてなぜ穏やかな日が続くことを願ってしまったのだろうか。
否、終わるのではない。いつか自らで終わらせるカウントダウンは、再会のその時から始まっていたというのに。
「千冬、待った?」
「場地さん。ちわっス。今来たとこっスよ」
「ほんとかァ?」
「ほんとっスよ!」
 ギリギリに到着した場地へ、千冬はカラっと笑いながら答える。
 日中は仕事と場地に聞いていたので割とギリギリに付いた千冬だったけれど、その選択は正解だったらしい。本当に、彼が来る少し前に着いたところだったのだ。
「こっち来てもらってンのにオレが待たせるとか」
「気にしないでください。オレがこっちに来たいだけなんで。今日も忙しかったんですか?」
「まーナ。今追ってる奴がいてさ、いろいろやらかしてくれて困ってンだワ」
 そういう場地は一瞬だけ遠い目をした。千冬と共にいるときには滅多に見たことの無い表情。これは彼が仕事をしている時のモードなのだと悟った。
 そして、彼の言った言葉に思わず反応を示す。
「追ってる、やつ」
 そんなの、身に覚えしかなかった。
「あア、極悪組織の幹部でさ、ヤクに人身売買ってカンジのとんでもないやつなんだワ」
「ヤクに、人身売買」
「オマエが助けた王女もさ、最初そいつらのせいかって疑いがあったの。まー、アレはまた違うやつらだったけどよ、とにかくやることがめちゃくちゃでさ」
「……そんなサイテ―な奴を、追ってるんスね」
「おー。……オレの仲間も、そいつにやられた。……オレはあいつを許せねえ」
 時が止まった気がした。同時に、冷水を浴びせられたかのように、身体の芯から冷えていくのが分かった。
 これは、場地の黒猫に対する本音だ。
 場地は千冬が黒猫であることを知らない。だからこそ彼の口から今告げられたその言葉が、脳内で駆け巡った。場地にとって黒猫は仲間の命までもを脅かした、極悪非道な人間。
「……シンユウが、病院にいるんだ。目、覚まさねえ」
「ご友人、ですか?」
「一虎ってやつなンだけどさ。その幹部とやり合って、大怪我して帰ってきた。……千冬とも、気が合いそうな奴だな」
「そ、なんスね」
 バカみたいに強いやつだったのにと場地は続けたけれど、正直千冬の耳にはあまり入ってこなかった。当然ながら彼に言われなくても、その名を知っている。何故知っているのかは絶対に言えないけれど、言えないからこそ行き場のない感情が身の内を荒れ回りそうになる。
「……ひでえヤツなんスね」
 かろうじてそう返す声が、どこか遠くで響いているようだった。自分の口から発しているとは、とてもじゃないけれど思えなかった。
 場地はそんな千冬の変化に、敏感に気づく。視線を感じた瞬間ハッとして、千冬は首を振った。
「千冬? どうした?」
「いや、なんでもないっス」
「顔、青いぞ」
 オレなんか言ったか? と不安そうに千冬を見つめる場地へ、言い訳をしないとと考える。まさか貴方のキライな奴はオレですなんて言えるわけない。
「さっき……ヤク、って言ってたから……その、昔のこと思い出して……」
 苦し紛れに出てきたのは、過去の話だった。孤児院が襲われたその事件を思い出してしまったのだと言えば、彼には伝わるだろう。事実でもあることを盾にして伝える。
案の定その目論見は当たって、場地は聞かせちまって悪かったなと言った。
「イヤ、大丈夫っス」
「嘘吐け、やっぱり顔色悪いワ。嫌な事思い出させちまって、ごめんな?」
 素直で真っ直ぐな瞳に見つめられて、思わずすいませんと言って下を向いた。薬物の件は対象者に罰を与えるよう指示したが、当然東卍側はその真実を知らない。彼らの中で黒猫が薬物売買人と繋がっている可能性は未だに切れていないのだ。誤報を流し続けていれば、東卍は情報に踊らされる。物事というものは、解決できず横に置かざるを得ない時が一番厄介なのだ。そうして時間を稼ぐ間に、黒猫は霧へ東卍側の情報を持ち帰れば良い。そう、この疑いをそのまま野放しにしているのは黒猫の計画の一環。
 そういう駆け引きを現在進行形で行っているのは千冬の責任でしかない。身から出た錆というのはまさにこのこと。それがまさか、巡り巡って今の自分へダメージを与えることになるなんて思ってもいなかったから。
 そんな事情を当然知らない場地は、千冬のすいませんという言葉を都合よく解釈してくれたようだった。
「千冬が謝ることじゃねェって。な?」
 そう言って、彼の手が千冬の頭に伸びた、そのままわしゃわしゃと……例えるなら、そう、動物を撫でまわすように。
 そんな手つきで髪をバサバサにされた。
「っわ! 場地さん!」
「おー、笑ったな。やっぱその方がいいワ」
 八重歯を見せつけるように笑う彼の表情が、ありきたりな言葉だけれど、眩しい。
「……髪、ぐしゃぐしゃになりました」
「悪ィ悪ィ、オマエ見てっとなんか撫でなわしたくなるんだワ」
「オレ犬じゃないっスよ!」
「そーだな、どっちかってゆーと……猫っぽい?」
「猫」
 一瞬、ドキッとしたのを悟られないように必死で表情を取り繕った。間違っても、これは動揺ではなくて、困惑でなければいけない。決して自分の正体を見透かされたのではないかという深読みに基づいたものではないと、自分に言い聞かせる。
 からっと笑って、いくら場地さんが猫好きだからって、オレさすがに傷つきます! とか言って誤魔化してしまえばいいのだ。そうわかっているのに、言いたい言葉だって脳内で整っているのに、口だけが張り付いてしまって言葉にならない。
「あー、なんでもない」
 彼の脳内にも、きっと千冬と同じ人物が浮かんでしまっているのだろうか。二つ名と違って今の明るい見た目では絶対に千冬と黒猫が同一人物と導き出されることはないと思っているけれど、今一瞬のやり取りで、場地はほんの少しでも黒猫を連想したはずだ。
 いつもであれば、取り繕えるはずなのに。これがもしボス相手なら、本心とは逆のことを言っても心が痛んだりはしないし、それが悪いとも思わないのに。それなのに場地に対する言葉が嘘になると考えるだけで気が触れてしまいそうだった。
「……場地さんが、おもしろいこと言うんで、ちょっと困らせたかっただけっス」
 それでも千冬には、乗り越えてきた経験がある。冷静な表情で、上司を欺き続けてきている時間の積み重ねがある。痛む心なんて蓋をしてしまえばいいのだ。 
 わざとらしく、声を作る。決して高い方の声色ではないけれど、努めて明るく。からかっただけだと、匂わせて。
 すると、彼は分かりやすく安心したような表情をした。それを見て、千冬は自分の言葉が間違っていなかったことを悟る、
「さすがに怒らせたのかと思ったワ!」
「オレが場地さんに怒るわけなんてないっスよ」
「それって、ムリしてねェ?」
「場地さん、気にしすぎっス!」
 さ、行きましょう? 未だに少し不安そうな彼に微笑んで、急かしてみる。すると場地も納得したのか、オウと返事が返ってきた。
 それ以上同じ話が続くことはなかった。
 


「……なんだ?」
「騒いでる? なんだか声がしますね」
「ちょっと、オレ見てくるけど……」
「それならオレも」
「わかった。悪ィけど急ぐ。走るから、ついて来れるか?」
 ムリはすんなよ、そう言うなり駆け出した場地を、千冬は無言で追いかけた。体力には自信があるけれど、彼はほどほどに速かった。人の合間を器用に縫って目的地まで走っていく。
 今日は珍しい市が出るから行こうと約束していたのだ。これが二人で会うための口実という事は良く分かっていた。そして待ち合わせ場所から向かっている途中でその異変は起きた。
 こういう人の多いところは、大小騒ぎが良く起きる。その中でなんだか普通の騒ぎではないようだと、先に気づいたのは千冬だった。これまで過ごしてきた環境的にこういったことには敏感だから仕方ない。それでも、今日は特段反応するべきではないか、と思っていたのだけれど。場地も、なんだか様子がおかしいという事に遅れて気づいたのだった。
 そして辿り着いた先では、どうやら、一人の男が複数名にリンチされている様子。
 千冬に少し離れてろと指示した場地は、小競り合いをしているその間へ堂々と入って行った。彼は本来の千冬を知らない。争いごとなんて縁のない環境で過ごしてきたのだと思われているのだから、戦力外として離れているように言われるのも当然の話だろう。うっかりしても千冬が場慣れしていることを知られるわけにはいかないから、言われた通りにする。
 千冬が距離を取ったことをちらっと見て確認した彼は、一切の躊躇なしに声を掛けた。
「オイテメーら、何してやがる」
「あ? ンだよテメエ」
「オイオイ、お呼びじゃねえやつは引っ込んでろ」
 いかにもといった風の、人相の悪い男達の視線が場地へ向けられる。
「あー、こーゆーの柄じゃねえんだけどよ、一応この街オレらの守備範囲なんだワ」
 今は業務外だけど、このまま放っておくと後々めんどいからなア。そう言いながら笑った場地のそれは、言語化するなら不適な笑みと言ったところだろう。すると、男達は分かりやすく首を傾げた。……正確には、少々小馬鹿にした様子。その堂々たる態度から並大抵の人物でないことはさすがに理解していると思いたいが、まさか目の前の人物が、この街の治安も担っている人物だと想像なんてしていないのだろう。
「何言ってんだァ?」
「あー、コレって名乗ったほうがいいやつ? ますます柄じゃねェけどな」
 わかりやすく、あからさまに高圧的な態度で身体を揺らしながら近づいてくる複数名の男達に怯むことなく、場地は対峙した。パン、と拳と手のひらを合わせた場地が、再び口を開いた。
「東京卍會壱番隊隊長場地圭介だ」
 東卍の名を聞いて相手側がどよめいたのが、離れている千冬にも伝わってきた。
 そして。
「ハハ、やりすぎちまったワ。こりゃさすがに上から怒られちまうな」
「……場地さん、強ェっスね。さすがっス」
 勝負はあっという間に付いた。
 場地からしたら目の前にいる全員が成敗対象。襲い掛かってきた男達へ流れるような動きで鉄槌を下していった。そして、ものの数分で地面に転がされることになった総勢十名ほどを背景に、千冬へ困ったように眉を下げたのだ。さすがにこれだけ騒ぎを大きくすれば周囲にも気づかれたらしく、近くを巡っていた警備員が一体何事だとこちらへ走ってくる。
「何の騒ぎだ!」
 その一人が場地に向かって叫んだ。確かにこの状況だけを見たら、彼が問題を起こしたように見えるだろう。場地は触り心地の良さそうな黒髪を少し乱暴に後ろへ流しながら、オレじゃねえよと呟いた。そして寄ってきた中年の男性の方へ自ら歩いていく。
「東卍の場地だ。たまたま現場に居合わせただけだよ。……あー、隊員証置いてきた」
「隊員証?」
 思わず疑問が口から滑り出た千冬に返答をくれる。
「東卍の在籍証明みたいなモンなんだけどよ、隊服に入れたままだな。しゃーねーな……めんどくせえけどちょっくら説明して来るワ。……お? アイツは」
 どうやら、身分証代わりのものを持参し忘れたらしい。その顔には、わかりやすく面倒ですと書いてあった。
 なんだか説明に時間が掛かりそうだと思ったところで、不意に場地の表情が明るくなる。一体どうしたのだろうかと思った千冬がもう一度場地を見ると、彼の視線の先には柔らかそうな黒髪をした青年がいた。年の頃は場地や千冬と同世代と言ったところか。
 向こうの方から、声が掛かる。
「あれ、場地君じゃないっスか」
「武道か」
「なんか騒ぎと思ったら。一体何が?」
「ソッチのやつら、一人を袋叩きにしてたから片付けといた。オマエいいところに来たな。……警察に引き渡し頼んだからな」
「えぇ⁉ アレ全部場地君が⁉」
「そーだけど?」
「さすが……じゃなくて! ま、待ってくださいよ、どういう状況なんスか⁉」
「それはあいつらに聞けよ。オレは知らねえ。なんかやってたから片しただけ。オマエ、警察に知り合いいたろ」
「いますし、後からヒナと来る予定っスけど……あ」
 つい口を滑らせてしまったといった表情をした武道にひと笑いした彼は、少しだけ悪そうな表情をしてその肩をポンと叩く。彼に後のことを任せようとしているのだろう。
「あと、任せたワ。……千冬、行くぞ」
「あ、ハイ」
「ちょっとー! それって職権乱用じゃん!」
 武道の少し情けない叫び声を完全に無視して、じゃあ、と言って手を振ると、場地はその場を立ち去るそぶりを見せた。武道と最初に声を掛けてきた警備員の男性が困った表情をしているのもお構いなしだ。先ほどやりすぎたから上に怒られると言った場地だけれど、現場をそのままに立ち去ろうとするこの様子だと彼の組織での地位はやはりなかなかのものなのだろう。
 それならと千冬も呼ばれるがままについて行った。
 ちょうどすれ違うようにもう一人の青年が、女性を連れてやってくる。女性の方が場地に気づいて一礼したので、知り合いなんだろうなと千冬は自己解釈した。
 少し離れた先で、場地に並んだ千冬は尋ねる。
「今の人たちは?」
「武道ってヤツはオレの部下。一応直属のやつだけど、いろいろあって総代表の下で動いたり、東卍と連携組んでる何個かの組織の橋渡ししたりって面白れぇヤツ。で、いますれ違ったのはアイツの彼女とその弟」
 弟の方、新人だけどこの辺が管轄の警察だからあと任せても問題ねえだろと付け加える。
「顔広いんすね」
「まあ、仕事が仕事だかンなあ」
「場地さん、カッコよかったっス」
「おー。あんがと」
 ハプニングは起きたが、場地が目の前で戦っている姿を見ることができて正直気分が上がったのは本音だったりする。
 そうして、さっきの出来事なんて忘れたかのように二人の時間を楽しんで。
 その帰り道の事。
 静かな夜の道を、二人で歩いていたのだ。まだもう少し一緒にいたいと心のどこかで想いながら、ぼんやりと何も話さず、そう、二人で先の空に見える星を眺めながら歩いていた。
二人分の歩く音だけが聞こえる静寂の中で、ふと千冬の耳をくすぐったのは、大切な人が自分の名を呼ぶ声だった。
「千冬ぅ」
「……なんスか」
「あの星、めちゃくちゃ光ってる。キレーだな」
「……そっスね」
 見上げた先に確かに光る星達。場地を見ると、その視線の先には一等の輝きを放つ星があるのだろう。青白いその光に、千冬自身も目を向けた。
 本当はそんなことを言いたいわけではないだろうに。一体どうしたというのだろうかと少しだけ不思議な気持ちでいると。
「千冬ぅ」
 もう一度、呼ばれた。
 彼に名を呼ばれるのが好きだ。たった三音が特別なものみたいに感じられる。もう何年も、誰からも呼ばれていなかった本名。無くすことなく持っていられたから、今日こうして彼に読んでもらえたのだと、そんなことをつい考えた。
 千冬は答える。今と同じことを、もう一度。
「……なんスか」
「オレ、オマエの事好きだワ」
 本当に突然、彼の口から落とされた言葉に、時が止まった。
 まだもう少し共に居たいと並んでゆっくり歩いていたところで、彼は不意に千冬に真正面から向き合ったのだ。千冬は空を向いていたところから、彼の方へ視線を向けた。
そうしてもう一度、同じ言葉が繰り返される。
「オレ、千冬のことが好きだ。……付き合ってほしい」
「ばじ、さん」
 一体ここまでのどんな流れがこの展開を導き出したのかは千冬にはわからなかったけれど。もしかしたら彼はずっとこの言葉を告げる気持ちで今日を過ごしていたのかもしれない。
 まさか、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
 願わない形でこの地を、場地の元を離れてもう十年ほどになる。いつかは再会したいと思っていたけれど、会えない理由が千冬にはあって。彼が彼の夢を叶えるため遠くへ行けば行くほど、思う気持ちは強くなっていくのに状況だけが厳しくなっていって。
 それなのに、場地はあっさりとその高いと思っていた壁を乗り越えてきたのだ。
(オレは今、都合のいい夢を見てるんだろうか)
 現実を疑うくらいは、許して欲しい。
 黙ってしまった千冬の手を場地は取った。その感触にハッとして、千冬は場地と目を合わせる。
「千冬ぅ、返事、くれよ」
 きっと、彼は半分冗談めかして言っているつもりなのだろう。けれど珍しく震えた声に、ああ、緊張しているんだと分かった。昔からずっと憧れ、格好良いと思ってきたその人が、千冬の返答を待ってこれ以上ないほどに緊張している。千冬が同じ気持ちでいるのはとっくにわかっていて、その上で想いを告げてきただろうに、どこか不安そうな表情をして。
 それがわかってしまったから、そう、千冬は思わず笑ってしまったのだ。
「ふ、あはは」
「ア⁉ ンで笑うンだよ! オレがどんな思いで」
「場地さん、実は可愛い人だったんスね」
「ハア⁉」
 訳が分からない、先ほどまで平静を装っていたはずなのに、すっかりそんなの成りを潜めてわかりやすい焦り方をする場地へ、千冬は静かに告げた。
「……オレも、好きです」
 ずっと好きでした、と心の中で付け足す。ここまで伝えてしまったら、きっと感極まって泣いてしまいそうだったから。
 その言葉を耳にしてあっという間に大人の表情に戻った場地が、もう一つと尋ねる。
「……オウ。……それで、その、付き合ってくれンの」
「恋人に、なるってことスか」
「まァそーゆーことだな」
「……オレでいいんスか」
「馬鹿野郎、千冬に言ってンだワ」
 今度は呆れた顔を向けてくる。まさか彼がこんなに表情豊かな人だったなんて知らなかった。今日だけで、まだ知らなかった彼の一面をたくさん発見しているような気になった。それがどんなに嬉しい事かこの人はきっと知らない。それでもいいと思う。
 千冬が最後の問いに答えずにいると、彼の右手が千冬の左頬に触れた。
「場地さん……」
 その手は一度千冬の左耳に付けられている飾りにそっと触れて。ちょっと擽ったい、そう思った次の瞬間には、唇に触れていたものだから心臓が脈打って仕方ない。
 時が止まったような気がした。
 次の瞬間唇に感じたのは、程よい心地良さの温度だった。一瞬だけ触れ、離れたそれが何であるか。考えるまでもないのは、至近距離で彼の端正な顔が見えていることが答えだろう。
「千冬、オレの恋人になって」
 ああ、もう夢でいい。
 こくりと小さく頷いた千冬の頭を、場地は優しく抱きしめてくれるのだった。
 この関係性は期限付き。だって千冬と場地ではあまりにも生きる世界が違うのだから。
 それでも今だけは彼の腕の中にいることを許して欲しいと思ってしまった。
(場地さんが、好きだ)
 遠い空に見えているあの輝く一等星のように眩しい彼のことが愛おしい。夜の闇の中にいる千冬をまるで照らしてくれるかのような、そんな存在である彼のことが。
(暗くてよかった、泣いてるの見られたら、きっと笑われちまう)
 もし見られたとしても彼が相手ならいいかな、なんて思えることさえ幸せだった。

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