黒猫は今宵壱等星の夢を見る③

【三章】


 話は半年ほど前に遡る。
「今日お前らに集まってもらったのは、当然伝えたいことがあるからだ。このことは重要事項だから、各自口外しないよう徹底してほしい」
 数日前に次期国王、つまり現在の王位第一継承者である王子から今日この時刻に集まるよう言われていた場地は、当日十五分前までに指定された謁見の間に辿り着くほどの優秀さを見せた。東卍内の集まりであれば逆に遅れてくる場地が時刻を守ったものだから、万次郎からは終了後に文句を言われたものだ。
 集められたのは現在十二人いる東卍幹部の中でも創設メンバーである六人だけであったことから、よほど重要な話をされるのだと全員が認識して臨んだ。それに、普段であれば真一郎自らより話を聞かされることなんてあまりない。真一郎の側近である「黒龍」幹部か、万次郎に情報が行ってそこから降りてくるはずだ。だからよっぽどのことだと、その場は緊張感に包まれていたのだった。
「先に、話の結論から話すと、西領に裏切りの可能性がある」
 その瞬間、場が凍り付いたの誰もが感じ取った。
「裏切りってどういう事っスか」
「反乱でも企んでる情報が入ったとか?」
 ここ関東国は、王都他三つの領によって成り立つ王国。それぞれの自治を、それぞれの領にある程度任せている。かと言って、これまで自治を任せた領単位で国家に反逆を企てようとかそんな噂は聞いたことがなかった。それよりはまだ他国からの侵攻の方がよっぽど課題となっていた。もちろん、謀反疑いのある組織がこれまでになかったわけではなかったけれど、今回の様にまだその影すら見えないというのはなかった話。しかもただの反国家ではなく、領単位の話だ。もし本当に西領がそんなことを企んでいるのであれば、動くのは真一郎ではないだろう。国家反逆なんて、それこそ国軍の出番になるわけなのだから。
「真一郎君、その情報はどこからっすか」
「オレが、情報屋とやり取りしてるのは知ってるよな」
 六人全員が頷いた。
「そこからの情報だ。……実は昔から、オレは西領は少し怪しいと思ってたんだけどな。今回それがほぼ間違いないってことが分かったんだ」
「それ、前々から国家に楯突くヤツがいる可能性があったってことスか」
「確証が持てなかったから表にはしてなかった。でも、今回だってまだ完全に黒って決まったわけじゃない」
 今日呼び出したのは、それが理由なのだと真一郎は言う。
「今のこの段階で爺さん……イヤ、国王に話をして兵を出してもらうのはまだ早い。だから、お前達に調べて欲しいんだ」
「西領がこっちに戦しかけてくる可能性があるってことスよね」
「ああ」
 具体的には、こうだった。西領が兵力を拡張させているという噂が立っていた。情報屋はいち早くそれを真一郎に共有していたという。関東国はそれぞれの領にある程度の自治権を渡す代わりに、国家側から申請や要望がある際はその情報を公開するように義務付けられている。怪しいと思う通りに予算の使用状況を確認する手続きを踏ませたというもの。そして疑惑の通り、兵力に対しての予算が大幅に増えていたのが確認できたので当然の伺いが入った。これに対して、西領の回答はあくまで表向きに、国境沿い防衛強化のためという回答だった。
「じゃあなんでその時に何もしなかったんスか」
「あくまで西領の回答としては、最近国境付近に隣国の兵が近づくことが多いらしくて、そのための強化として兵力を高めるのが目的だと返ってきた」
 確かに近年、近隣諸国からの圧力や緊張は高まってきている。この国の王領は海に面しているが、特に西領側は隣国と陸続きになっているから、万が一のために事前に防衛意識を高めていると言われたらそれまでだ。
 そして、この事実は確かに国が把握している西領の課題と相違がなかったから、最初はあまり気にされることもなかったのだ。むしろ、不法入国が続く可能性が少しでもあるのであれば、国家としても予算を割り当てるべき案件。だからこの時は国王もすぐに動いて、逆にそのための予算が当てられた。
 でも、話はこれで終わらなかった。
「いったん落ち着いたって、こっちとしても思ってた。でも西領を支持してる私兵団があることが分かったんだ」
 これが、話題になっている霧という組織だった。
「私兵……」
「わかりやすいから私兵って言ったが本当は違う。東卍と似た立ち位置にはなるな。尤もオレは東京卍會がオレのための兵であることを公表しているし、国からの予算だってある程度お前達に与えてる。だから東卍は国にとっても公認された兵団だ」
「その所持先、管理先が、国王でないという事だけ、でしたね」
「ああ。でも霧は違う」
「……西領は認知をしていない、といことでいいんすか」
「さすが三ツ谷だな。正解だ」
「……真一郎君、すんません、オレわかんねえっス」
「ま、場地には難しいだろうなァ」
「オイ一虎ァ、テメーどーユー事だ」
「オイはテメエだよ場地、黙れ」
「ドラケン! ンでオレが怒られてんだよ……!」
「いいか場地」
 一虎が場地をからかい、これに乗った場地によって騒がしくなるのは、幹部会お約束と言ってもいい。これ以上はヒートアップするだけだろうと思った三ツ谷は、真一郎に変わり説明をしてくれる。彼はどうやら事情が全て読めたらしい。
「関東国で認められてる、公式の兵団の数は?」
「ア? 近衛兵と陸兵隊、海兵隊ってことか? 三つ」
「確かに王都と王領で考えるとそうだな、でもまだあるだろ」
「あァ、各領にそれぞれの陸兵隊ってこと? じゃあ六つ」
「正解。で、国家の兵団としては非公式だけど例外として同じ扱いになってるのは?」
「そりゃオレらの東卍だろ」
 東卍の特徴は、国兵を動かすためには祖父である国王の許可が必要な真一郎のために、彼直属の兵としての役割果たすこと。その目的があって万次郎を中心にして立ち上がった。もともと真一郎は黒龍という組織を側近に従えてはいるけれど、彼らはもっと国政に近い位置にいる。兵力をプラスで指揮するには限界があった。
 国兵は当然別にある。しかし、国兵はいざ謀反が起こった段階でないと動かすことができない。大人の世界にはいろいろあるのだ。
「これ以外の兵組織は関東じゃ存在しねえ。そもそも認められてねえし、許可なく立ち上げようものなら打ち首モンだ。ここまで言えばわかるな」
「……オウ」
「なるほどなァ」
「……一虎もわかってなかったんだな」
 堅からの指摘を耳にした場地は一虎を睨んだ。
「今ある七つの組織以外に、どんな形であっても兵力がこの国に存在するわけがねえんだ。でも霧は西領兵でもないのに兵組織に代わる組織である可能性が高い。形としては東卍と近いだろうな」
「でも西領がこれを公に認めることがあったら違法物って事っスね」
「ああ。領主も当然それをわかってる。だから表向きとして自分達は認知をしていない、ならず者達が勝手に立ち上げている組織だ、こちらとしても困っているんだ……という事にでもしておこうというわけだろうな」
「……真一郎は、これの黒を証明しろって言いたいわけ?」
「万次郎の言う通りだ」
「なるほどな」
 ずっと黙っていた東卍代表が口を開くと、真一郎はそれに肯定の言葉を返した。ほぼ王位第一継承者からの命令に近いが、最終的な判断は組織長に委ねるというのが常のことだ。まだ疑惑が真実に変わったわけではないから東卍を指名しようというのが真一郎の考えだろうけれど、内容が内容だからやはり王に話を伝え国軍を動かしてもらった方が良いのでは、という判断が出てくる可能性もあった。ただ私兵を所持しているだけならまだ救いはある。しかし実態が謀反の前兆であったらこの限りではなくなる。国の中でそんな動きがあるとしたら当然大変なことが起こる。
 普段無茶な事を言って隊員を驚かせることも多い万次郎だけれど、真一郎から出される指示が絡むときの話は別だ。
 空間に、しばしの沈黙が流れた。
 万次郎が口を開いたのは、それから何分後のことだっただろうか。
「わかった。オレ達で霧の尻尾を掴む。……兄貴の頼みだからな」
「お前ならそう言ってくれると思ったよ」
「正直全然実態がわかんねえ。時間がかかるかもしれねえけど」
「ああ、もとよりその想定だ」
 おまえら頼んだぞ、と言われ東卍幹部に緊張と誇らしさが走った。
 だって東卍は、兄である真一郎のために彼がやりたいことをスムーズにできる組織を作れたらという万次郎の思いの基立ち上がった組織なのだから。当時はまだ王位第二継承者であった万次郎が志願し、創設メンバーが賛同したことで始まったのだ。当時、仲の良かった佐野王子兄弟を陥れる出来事が起こった。その時に万次郎は、どうしたら真一郎を絶対的な国王跡継ぎにできるのか必死で考えたのだ。その結論こそ、万次郎が第二王位継承権を辞退するとともに彼の兵になることだった。その覚悟を受け入れ、他の五人が集ったのだ。
 これまでだって脱税を図る貴族や隣国に情報漏洩をしようとする組織を捕えてきた。でも今回の話はそんな規模ではない。まだ全貌さえ全くわからない。一つの領が謀反を起こす可能性を事前に摘まねばならない。これを果たすことはどんな任務よりも重たい使命だろう。
 全ては関東国の未来とその時この国を統治しているであろう真一郎のためなのだった。

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